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時は昭和12年。勃発した『支那事変』は各国に広がり、 ついに世界中を巻き込みながら『第二次世界大戦』へと発展していった。
昭和15年、戦地より帰国した川本氏は『半農半漁』、決して豊かとは言えなかった里に『満月講』という会を結成し、ふるさと振興を模索した。
その頃、大阪で『くいだおれ』という独創的な食堂経営をしていた山田六郎氏とも接触し、いろいろ助言を受けた。 「光三さん。釣り客を誘致して、世話をして見ならんか?」
『へんぴな土地』という悪条件を逆手にとって売り出していく発想も大切だ。
目からウロコの落ちた心地の光三氏は昭和22年、釣り客を相手にした民宿と磯渡しを手掛けた。
磯渡しは時として命懸けの荒技である。
島渡しした釣り客が、夜半からにわかに時化てきた荒波に取り残された。 川本親子は決死の救出に向かった。
「荷物を投げろゥ。アッ流されたッ。」
「飛び込めェ。竿につかまれェ。」
舟をつけることのできない怒涛の中での救出劇は主客一体の荒技であった。
こうして『釣り宿・川本』は、 次第に釣り客の信用を確立していった。
終戦のショックも少し落ち着きかけた昭和20年代の後半になると、 ボツボツ海水浴の客が増え出した。
口コミで客の層がますます広がり、釣り客専門から、旅館形式の『民宿』の形に変わっていった。
美方郡香美町香住区下浜653-16
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